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小沢一郎代表は、「すべては田中角栄の猿マネ、小沢一郎『隠し資産』を暴く6億円超」と題する記事が「週間現代」(6月3日号)に掲載された。
同誌がこの調査を行った理由は、小沢氏の政治資金管理団体「陸山会」の収支報告書(2004年度分)の「資産」の欄に、10戸以上の不動産がビッシリと記されていたからだという。
政治資金管理団体は、支援者などからの献金は受けても、不動産などの資産は持たないのが一般的だ。それにも関わらず小沢氏は、1994年に4戸、1995年に1戸、1999年に1戸、2001年に2戸、2003年に2戸の高級マンションを購入。それも1億円以上のものが3戸も存在するという。
しかもこれら小沢氏所有のマンション10戸の購入価格の合計は、何と約6億1000万円。気が遠くなるような額である。
多くの国民が住宅ローン返済で苦しんでいる時に、建設業者などから受けた政治資金で、超高級マンションをいくつも購入する小沢氏は、「法律に違反しなければ何をしてもいい」、「国民は困っていても俺には関係ないこと」というのだろうか。
その小沢氏が、夕刊フジ(6月23日付)の『小沢一郎の剛腕コラム』で「問われる福井総裁のモラル」とのタイトルで、以下のようなことを言っている。
(略)わが民主党の松井孝治議員も(略)村上ファンドの関連会社から、計約153万円の給与の肩代わりを受けていたことを認めた。
これは政治資金規正法上の寄付行為であり、きちんと報告しなければならない。僕も鳩山由紀夫幹事長を通じて厳重に注意した。本人も「軽率だった」と反省している。早急に政治資金収支報告書を修正させる。
いずれにせよ、立法府の人間として、所属議員全員が自分の立場や責任を理解し、自らを厳しく律していかなければならない。
さて、注目の福井氏だが、日本の金融政策の最高責任者であり、総元締めといえる立場にいる。それが「投資」というより「投機」に近い村上ファンドに1000万円を出資し、約1500万円もの運用益を得ていた。
(略)
現在、福井氏には総裁辞職を求める声が高まっている。法令や日銀内のルールには反していないが、問われているのは道義的責任だ。繰り返すが、公人は自らの立場と責任を自覚しなければならない。
僕は以前から、日本社会の精神的荒廃について指摘してきた。この精神的荒廃は、一部の不心得者だけではなく、世の中の指導者や重要な任務を受けた層まで広がっている。
つまり、「自分さえ儲かれば、他人がどうなってもいい」「その場さえやり過ごせれば、後はどうなっても構わない」といった、無責任で利己主義的な風潮が日本中に蔓延(まんえん)しているのだ。
「維新の三傑」と称された西郷隆盛はかつて、「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。此の始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は成し得られぬなり」と語ったという。
福井氏らの立ち振る舞いを見ていると、現在、このような人物は日本の指導層にはいないことを実感する。わが国の将来を悲観したくなるが、決してあきらめてはいけない。あきらめない気持ちの中にこそ、国家の大業は成し得る原動力が潜んでいるはずだ。
小沢氏の主張は、とても格好の良いものであるが、
でも、民主党の議員は政治資金収支報告書を修正すればOKで、本人は『週刊現代』から指摘されたことについては法に触れないからOKということなのだろうか。
小沢氏の言う「道義的責任」とは、自分と民主党以外の人が対象なのでしょう。
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