終章 安倍晋三 総裁時代 -自民党学生部の現状と未来に向けて-
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 平成十八年九月二十日、いよいよ迎えた総裁選挙において党員と国会議員の投開票が実施され、麻生太郎氏、谷垣禎一氏を破って安倍晋三氏が第二十一代総裁に選出された。

 二十五日に公明党との連立を継続し基本政策における合意書が交わされた翌日、党新執行部人事が発表され、幹事長に中川秀直氏、政調会長に中川昭一氏、総務会長に丹羽雄哉氏が指名された。

 この日の午後、衆議院本会議において、戦後最年少、戦後生まれ初の内閣総理大臣に安倍晋三氏が指名された。

 参議院本会議での指名、首相官邸での組閣作業、皇居での首相の任命式、閣僚の認証式を経て、安倍晋三内閣が正式に発足したのである。
 安倍内閣は、教育基本法の改正・教育再生会議の設置をはじめとする抜本的な教育改革、防衛庁の省昇格、技術革新による経済成長をはかる、再チャレンジ法制の充実、戦後体制からの脱却を目指す等「美しい国づくり」を掲げた。

 自由民主党長年の懸案であった防衛庁の省移行関連法案を成立させ、平成十九年一月九日、国際平和協力活動をも本来任務とする防衛省が誕生した。
 さらに、昭和二十二年に制定以来、心ある国民各層から望まれながらも改正がなし得なかった教育基本法が全面改正され、日本の誇りある歴史と日本国民として生きることを否定する自虐史観、日の丸・君が代を否定する反日教育を大きな特徴とする日教組や全教によって行われてきた異常な戦後教育との決別への決意が示されたのであった。

 その後、平成十九年度予算を成立させるなど「美しい国づくり」の土台、根幹となる部分において次々と大きな成果をあげた。

 直近では、制憲以来の立法府の不作為を正し、国民が憲法を改正する権利を保障するための国民投票法案を「相当長く深い議論をしてきた結果、いよいよ採決するときが来たのだろう」との決意を示し、衆議院憲法調査特別委員会にて採決、つづいて衆議院本会議を通過させ、今国会での成立を確実なものとした。こうして、我が党の悲願である自主憲法制定、憲法改正への手はずを整える勇断を行ったのである。

 ところで、最近の自民党学生部の活動が一時的に停滞していたことを我々は否定できない。組織を運営してゆく上で基本とされるべき部員名簿の管理や出欠の確認などがなおざりとなり私物化され、誰が正確な部員なのか分からなくなった結果、先輩方が営々として築いてこられた健全な気風がそこなわれ、数々の不祥事を招いたのであった。
 そのような状況に対して有志部員は組織の立て直しを決意し、平成十八年十一月の緊急部会において田代絢亮君を委員長とする執行部の失職を決議した。第四十五代委員長に地島史洋君を指名し、そのもとで委員長選挙が実施された。立候補した二藤泰明君は演説の中で、まずもって凡事をこそ徹底し、その上で学生としての主体性を発揮していくべくだとする「自由と規律を知る品格ある学生部」、統一地方選挙・都知事選挙・第二十一回参議院議員通常を勝ち抜くべく学生として出来うる限りの貢献をすべきだとする「党組織の一員として信頼される学生部」、これまでの枠にとらわれない大胆な組織改革と新しい時代にあわせた広報活動を展開すべきだとする「オープンでスピーディーな学生部」という三つのスローガンを訴えた。
 その後投票が行われ、第四十六代委員長に全会一致で二藤君が選出され、副委員長に宮崎貴裕君、幹事長に藤本憲正君、事務局長に小板周造君を充てる人事を発表した。
 同執行部の最初の仕事は、十二月に開催された四十周年記念の活動報告会であった。萩生田光一党青年局長、中川雅治都連総務会長代行、中屋文孝都連青年部長、出井良輔都連青年部学生対策委員長、桜井郁三党国対副委員長、土屋正忠総務大臣政務官、安井潤一郎衆議院議員、松本洋平衆議院議員ら多数のご来賓、歴代OBをお招きして盛大に開催された。
 初代委員長を務めた大西英男都議会議員らも駆けつけ、盛会に終わった。
 都連を代表して、中川雅治都連総務会長代行・参議院議員より、党勢拡大や党務への献身的な貢献をした地島史洋君、冨田剛史君、門田マミ君の三名の学生部員に対し、感謝状が贈られた。

 平成十九年を迎え一月の定例部会において、特別実行委員会として広報委員会が設置されることが了承された。新入部員獲得に向け、ホームページのさらなる充実をはかるとともに、志の高い部員獲得と部内組織維持のため不可欠な入部説明会の実施責任を担う部署として新たな活動をスタートさせた。
 二月二十四日には都連統一地方選挙・都知事選挙・参議院選挙総決起大会が行われ、必勝を誓った。
 三月六日には、塾長・深谷隆司衆議院議員、塾長代行・小田全宏NPO法人日本政策フロンティア理事長の指導のもと七月から月二回、リーダーシップ論や国防、地方自治、医療、外交、公職選挙法等多彩な分野にわたる講義が行われ、国政選挙・統一地方選挙に七十人以上の新人候補を輩出したTOKYO自民党政経塾の修了式が行われた。
 学生部からも二藤泰明君、宮崎貴裕君、小板周造君、吉井真太郎君(事務局長補佐)らが第一期の課程を修了した。

 三月十五日、党の機関決定として都連に都知事選挙・統一地方選挙の選挙対策本部が設置されたことで、学生部にも動員が課されることとなった。
 たいへん厳しい条件ではあったが、党の勝利に貢献したいという意欲に燃える学生が朝早くから必勝の精神でもって選対本部に結集し、石原慎太郎・東京都知事の当選、また都議会議員補欠選挙での議席獲得に貢献した。    

 このように、各級選挙や党の各種大会・行事といった党務にも積極的に従事したり、陸上自衛隊富士総合火力演習、海上自衛隊観艦式、東京拘置所など視察を積極的に行ったり、講演会・勉強会を毎月開催するなど学生としての主体性を発揮しつつ、中央・地方を問わず政界・官界・経済界と各界で活躍するOBとの交流をはかるなど、活動の幅はますます広がっているのである。

 こうして、設立四十年という節目を迎えた自民党学生部は、時代に応じてつねに党活動の前衛として歩んできた。我々はこの歴史をひもといてみて、己の理想と情熱に生き、いついかなるときも真実と正義をつらぬいた先人たちの轍をつぶさに見つめることとなった。
 そこで、我々の歴史を象徴するひとつの言葉を紹介し、この「四十年史」のしめくくりとしたい。「連帯を求めて孤立を恐れず、孤立を恐れて連帯を求めず」―脈々と受け継がれてきた自民党学生部の精神規定を実践すべきとき、それが今、まさにこのときなのである。

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